GE社の「9ブロック廃止」は「タレントマネジメントとしての定期的な評価」をやめるという試みで、他社でもこれに類する動きは既に始まっているようです。各社の共通の問題意識は、1年、半期という長い(!)単位では、ビジネス環境の変化に即した適時な評価はできない、というもの。そういえば、企業経営を1年単位で区切って評価することは投資家への便宜に過ぎない、とはドラッカーの言だったと思いますが(*)、今回のこの試みは、人事制度が会計制度からの自律度を高め、真にメンバーの成長機会創出の契機たろうと変化しようとしていることの表れなのかもしれません。
9ブロックの概要
さて、件の9ブロックですが、大変合理的な仕組みです。
2つの軸(GE社では、「業績目標の達成度」と「企業理念との合致度」)でメンバーを評価し、その度合いに応じて9つの「ブロック」のどこに位置するかを判断します。「ブロック」ごとに、メンバーに対する育成プランの大まかな方向性が決まります。例えば、「業績目標の達成度」は高いけれども「企業理念との合致度」が低いメンバーは、「企業理念に沿った行動をとること」が課題となります。反対に、「企業理念との合致度」は高いけれども「業績目標の達成度」が低い人には、業務遂行におけるより技術的な指導が期待されるでしょう。「ベスト」に位置するメンバーには、更なる高みを目指したあらたな舞台、つまり他部門への異動や昇進、またはその双方が用意されることになります。
「9ブロック廃止」から窺えるGE社の自信
以上のように、9ブロックはとてもわかり易い仕組みです。これだけわかり易ければ、他の企業でも簡単に導入できそうです。(実際、この方式を参考にしている企業は多いそうです。)しかし、容易に模倣されるような制度では優位性を保てないのではないか?もしかしてそれが9ブロック廃止の遠因では・・・。もちろん、そのようなことはないでしょう。GE社が「9ブロックを廃止する」と耳にしたとき、私はむしろGE社(人事部門)の強い自信を感じました。詳しく説明する前に、9ブロック運用の「肝」を整理してみます。
9ブロック運用のポイント
私が携わった9ブロックに類する制度は、1次的な評価を直属の上司が行い、複数の評価者が話し合いながらメンバーを9ブロックに割当てていく、一種の多面評価でした。評価者の話し合いは2次、3次と続いていきます。制度の効果を最大限にするための運用ポイントは下記の2つです。
① 評価者が評価基準を共通言語として話し合いができるかどうか
② 多面評価に関わる評価者達がメンバーの具体的な行動をどれだけ知っているか
以下、この2つのポイントに沿って、GE社の強みを考えてみます。
強み1 企業理念の浸透
当然ですが、評価者の評価基準の理解がすりあっていなければ多面評価を円滑に行うことはできません。評価基準がずれていると様々な問題が起こります。例えば、
・話し合いが空転する(時間はかかるが実りが少なく感じられる)
・上司の評価と多面評価の結果にギャップがある場合、メンバーに対して
納得感のあるフィードバックができない(結果、上司はメンバーから信頼を
失い、上司もメンバーもモチベーションが下がる)
・会社が求めている人材を育成することができない
3点目について補足します。GE社を例にすると、企業理念である「Beliefs」のどの項目について強化が必要なのか、また、それはどのような場面でどのような行動をとることができるようになることを指すのか、課題を具体的に明らかにしなければタレントマネジメントにつながりません。成長機会を日常の業務の中で見つけ、経過を観察し、上司がメンバー本人とともにそれを振り返り、さらに次の機会に備える。こういったOJTのPDCAサイクルを回すためには、「Beliefs」を具体的な行動レベルにまで落とし込んで理解することが必要です。評価者達の話し合いが「Beliefs」を共通言語としてなされていなければ、メンバーの9ブロックへの割当てもちぐはぐなものになってしまいます。これでは、会社の求めている人材を効果的に育成することは難しいでしょう。
GE社は9ブロックに割当てる評価者間の話し合いを廃止し、代わりに、上司とメンバーが業務の中でリアルタイムに対話をしていくような仕組みにするそうです。つまり、組織全体で「Beliefs」に基づいた価値観、行動基準が共有されていること(あるいはあたらしい制度の運用とともに共有されるであろうこと)が前提となります。ツールを模倣しても、企業理念の浸透までは模倣できません。これがGE社の強みの1つといえるでしょう。
強み2 メンバーの育成に真摯に向き合う文化
GE社の9ブロックにおいて「組織の屋台骨」と位置付けられるメンバーは、良くも悪くも飛びぬけたところのない、言い方を換えれば「ごく普通」のメンバーです。直属の上司でない人が、どれだけ「普通」のメンバーについて知っているでしょうか。先述したとおり、評価者達は対象となるメンバーについて、「具体的にどのような場面でどのような行動が見られた、だからこのBeliefsについて彼・彼女は強い(弱い)」という話し合いを通じて、9ブロックに位置づけていきます。しかし、話し合いを行おうにも、そのメンバーの具体的な行動場面を知らなければ、1次評価者である直属上司の言を信じるしかありません。評価対象となるメンバーの数が多ければ多いほど、「普通」層に対する詳細な多面評価は投じる時間の割に見合った効果が上がりにくいのです。
実際、GE社日本法人の人事部長である木下氏はインタビューの中で以下のように述べています。
現在の評価の仕組みのデメリットは、真ん中に位置する50%ほどの人たちがモチベートされないということです。50%の中でも、伸びている人がいればそうでない人もいます。本人が自分自身に対してオーナーシップを持ち、上司と密に話しあいながらいまよりも良い自分になっていけるような仕組みにするために「目盛り」という考え方をやめようとしています。GE Beliefsと目標に対する達成度という軸は残しながらも、これまでのように9つのブロックに分けるということはしないということです。
引用元:http://www.haygroup.com/jp/about/index.aspx?id=45833
推測ですが、「(多くの時間を費やして9ブロックによる多面評価をし、メンバーの現状を踏まえた育成プランを作っても、)真ん中に位置する50%の人たちに関しては、伸びる人もいれば伸びない人もいる。一方で、(目盛りで他者と比較されているという感覚が災いしてか)モチベートされていない。それならばいっそのこと(直属の上司にメンバーの育成責任全般を委譲し)、多面評価と目盛りはなくしてしまおう」といった議論が、GE社の判断の背景にあったのではないかと思います。
さて、優秀なメンバーにはなるべく自分のチームに残ってもらいたい、と思うのは人情です。評価を直属の上司だけに任せると、メンバーの抱え込みがおこるのではないでしょうか?この点はおそらく大丈夫でしょう。9ブロックにおいて「ベスト」と位置付けられるメンバーを育成できない上司は、「人材育成能力が低い」「組織マネジメントに向いていない」と負の評価をされてしまいます。それでは逆に、「ベスト」メンバーばかり増える、ベストのインフレ化がおこるのでは?これも、恐らく大丈夫です。9ブロックにおいて「優秀」に位置づけられる「好業績をあげている人」または「企業理念(Beliefs)に合致した行動を常にとっている人」は、大人数の組織の中でもある程度目立ちますから、他部門のマネージャの目にもとまります。他部門のマネージャから見て「?」な人を「優秀」と評価すると、やはりその資質と能力を疑われてしまいます。
結局のところ、タレントマネジメントがいったん上手く機能し始めると、上司は他の評価者の視線を意識した多面的な評価を心がけるようになります。場合によっては自ら他のマネージャにメンバーの情報(自分の知らないところでメンバーがどのように振る舞っているか)を得ようとするでしょう。その結果、独善的な評価は抑制されていきます。この効果は「9ブロック」という仕組みに依存するものではありません。上司がメンバーの育成責任を真摯に引き受け、実践する文化が根付いていること。これも、GE社の強みといえるでしょう。
まとめ:制度(システム)と運用者の関係
GE社にとって「9ブロック」は単なる道具でしかなく、それを運用する人・組織に自信があるからこそ、今回の「9ブロック廃止」を決断できたのではないでしょうか。制度(システム)を環境に合わせて変化させていくことができるかどうかは運用者次第、という好例です。
さて、そのような優れた運用者はどのようにして生まれる(育つ)のか、という疑問が次に浮かびます。これは私が常に気に留めているテーマなので、機会を別にしたいと思います。少なくとも、一流の制度(システム)を導入すれば優れた運用者に育つというものではないことは、確かなようです。
今回は下記の記事を参考にしています。
「GE、9ブロックやめるってよ。その理由と次の評価制度(人事制度)へ」
「日本GEの人事評価制度「9ブロック」導入のコツ」
「GEのリーダー育成と日本における取り組み」
「人事考課は見直すべき?海外企業が取り組む新しい評価システム」
「新しい人事を創る、先進事例たれ」
*この本の「イノベーション」の項にその旨の記述あり〼。
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https://ola-dogo.com
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